Young Farmers Camp
最終レポート
「ひとつの価値観」に向かって進んでいくことについて、APAFの期間とその後、考えていた。
周囲に従って、あるひとつの価値観に足並みをそろえて進んでいくことはとても容易く、思考停止のまま生活できてしまう。APAF Young Farmers Campで過ごした数週間は、これまでいかに自分がそれに甘えて生きてきたかということをまざまざと突き付けられた期間だった。あらゆることへの勉強不足は自覚していたつもりではあったが、だからと言って何をするでもなく見て見ぬふりをしてきた。その結果、自分の意見を求められた時に全く言葉が見つからないという問題に直面した。APAF Lab.キャプテンの藤原ちからさんの言葉をお借りすると、「私たち」という主語でしか物事を語れない、まさにそんな状況でありながら、そのことに全くと言っていいほど無自覚だった。「私たち」という主語で語ることで取りこぼしてきた声がどれだけ沢山あっただろうか。
この問題は自分自身にとっても改善していかなければならない重要な課題であると同時に、今まさに起きている社会問題にも大きく関係していることだと思う。あいちトリエンナーレや、台風19号の際の避難所の受け入れ拒否など、大きな力を持つ人の意見、あるいは多数が賛成する意見が正しく、それらから外れたものを過剰に否定し排除しようとする。そこに問題の本質は関係なく、何が起きているのか、何に賛成し、何に反対しているのかを知らないままに自分の発言を、これが「私たち」の意見だ、それ以外は間違っていると言えてしまう。
これは現代社会が抱える問題でもあるが、前述したように、個人が抱える問題でもある。世界で起きている出来事への自分の考え方や行動、その中に潜む暴力性が、「日本の社会の問題」ではなく、自分自身の問題でもあるということを自覚することが必要なのかもしれないと感じている。
社会があるひとつの方向に向かって進んでいるような状況の今、自分の立ち位置を自覚した上で自分の考えを明確に持つこと。そのために知らなければならないこと、経験しなければならないことは沢山ある。自分の意見を語る上で、私はあまりに物事を知らなすぎる。その事実と真摯に向き合い、学びの時間をつくる必要性を強く感じている。
また、「ひとつの価値観に向かって進んでいくこと」について、もう一つ考えていることがある。それは教育についてだ。「教育について」というのはAPAFに参加するにあたり自分で設定していた課題のうち一番大きなテーマだった。近頃、小学校でのワークショップや一般市民に開かれたダンスのワークショップをするようになったことがきっかけで、教育とダンスについて考えるようになった。そしてYoung Farmers Camp内でのディスカッションや、Lab.やExhibitionメンバーとの対話、20代までの交流の場として行ったYoung Farmers Salon、ワークショップ形式で行ったYoung Farmers Parkなど様々なプログラムを経て、新たな発見が沢山あった。
なかでも、Young Farmers Salonと Young Farmers Parkで話題に上がった「ワークショップ参加者にとって安全な場をつくること、安全であると感じてもらうこと」については今後も考え続けていかなければならない重要なテーマだと考えている。ここで言う「安全」というのは環境として物理的な安全はもちろんだが、どちらかというと精神的な安全を指している。つまり、この場では自由に表現をしても良い、それによって誰かに馬鹿にされたり傷つけられることはないと、いかにして感じてもらうことができるか、ということだ。
ここに「ひとつの価値観に向かって進んでいくこと」と芸術教育の難しさがあると思う。周囲と同じようにしなくてはならない、決められたこと以外のことをすると怒られる、といった教育を受けてきた者にとっては、自由に何かを表現する、ということはその教育に反するため怖い、という感情を抱きかねない。だから、本来は「自己表現力や創造性、コミュニケーション能力の発達」を目的に必修化されたはずの中学校でのダンスの授業も、型の決まったヒップホップやフォークダンスや、創作ダンスという名目でありながら既存の振り付けを組み合わせて作るプログラムなど、すでにある型に従って皆で同じ動きをする方法に落ち着いてしまっているのかもしれない。しかしそれでは本来の目的である自己表現力やコミュニケーション能力の発達はいつまでたっても達成されないままである。
ではどうすれば「自己表現力や創造性、コミュニケーション能力の発達」と「安全」を両立することができるのか。正直まだ明確な答えは見つかっていないが、APAFを経て少しずつヒントが見えてきたように思う。
先日、三日間にわたる小学校でのワークショップの二日目を終えてきた。「安全」について特に意識しながらプログラムを組み実践したが、まだ課題は多くある。今後も試行錯誤を重ねながら良い方法を見つけていきたい。
「APAF Young Farmers Camp」ではインターンアーティストとして、前半一週間は主に「Exhibition」の創作現場の見学、後半の一週間はジョグジャカルタでのリサーチを終えて東京での最終プレゼンテーションを控えた「Lab.」のディスカッションやレクチャーなど様々なプロクラムを見学した。見学やYoung Farmers Camp内でのディスカッションが主で、成果物をつくることを目的としないプログラムだったことで、自分自身の問題と向き合い、考えを深めることができた。
参加アーティストや、ディレクターである多田淳之介さん、「Lab.」のキャプテンの藤原ちからさんと住吉山実里さんとの対話の時間を多く持たせて頂いたということが、自分の視野を広げる大きなきっかけとなったと感じている。
また、人材育成のプログラムであるAPAFという枠組みの中で、教育についての考えを深めることができたということも、個人的にとても貴重な機会だったと感じている。
APAFを通して、自分の未熟さと真っ向から向き合うことができたことは、作品の創作や舞台の現場にいることばかりで、そのほかの時間、特に自分がこれまで経験してきたフィールドの外にあるものとの出会いを疎かにしてきた自分にとって、とても大きな経験になったと実感している。
ここでの学びがどのように自身を変化させたのか、このレポートにまとめた内容はもちろんだが、ではその学びをどのように実践に移していくのかを今後の活動によって示していきたい。